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Music Time 営業部長のしょーもないBlog Vol.49

2023.10.27 | 営業部長のBlog


「サッカーを愛する皆さん、ごきげんいかがでしょうか?」 元テレビ東京のアナウンサーの金子勝彦さんが8月に亡くなられた。

「三菱ダイヤモンド・サッカー」のオープニング曲。“Drum Majorette”

金子さんが実況し、サッカー日本代表コーチ、日本サッカー協会会長を歴任した岡野俊一郎さんが解説を務めた「三菱ダイヤモンド・サッカー」は、黎明期の日本サッカーを支えた唯一無二のテレビ番組だった。金子さんの日本サッカーにおける功績はこれだけではないが、ボクらの世代は本当にこの番組が宝物だった。毎週土曜日の午後6時からテレビ愛知で放送されるのを観て、翌週土曜日の午前6時からSBSテレビで再放送されるのを録画して観ていた。今回は金子さんを偲んで、ダイヤモンドサッカーで放送された思い出に残る2試合を紹介したい。

先ず1986年のブンデスリーガ第33節(最終戦前)。奥寺康彦さんがプレーする首位のブレーメンが、2位のバイエルン・ミュンヘンと直接対決した試合だ。勝てばリーグ優勝のブレーメンが0対0で迎えた後半40分にPKを得た。ホームのヴェーザー・シュタディオンのサポーターは狂喜乱舞し、会場にいたカメラマンは一斉にバイエルンのゴール裏に陣取った。

しかし、PKの名手ミヒャエル・クツォップが蹴ったボールは無情にもゴールポストを叩いて外れ、0-0のドローで試合終了。ブレーメンサポーターは放心状態、バイエルンの選手は抱き合って喜ぶ光景がテレビに映し出されていた。結局この年のブンデスリーガは最終戦でブレーメンが敗れ、バイエルンが得失点差でリーグ優勝。この信じられない結末を考えると、第33節のこの一戦がいかに重要だったか。それに、奥寺さんがこの年を最後に西ドイツを去ることになっていたのも寂しさを一層際立たせた。

2つめは1987年のFAカップ決勝。トッテナム・ホットスパー対コベントリー・シティ。ボクが最も憧れたGKレイ・クレメンスの事実上のラストゲーム。下馬評で圧倒的有利のトッテナムが1-0、2-1と常にリードする展開だったが、後半終わりにコベントリーのキース・ハウチェンが同点のダイビングヘッドを決め、2-2で延長戦に突入。

そして、延長戦前半にコベントリーのデイブ・ベネットが蹴った右クロスボールが、トッテナム主将のガリー・マバットの足に当たってコースが変わり痛恨のオウンゴール。3-2。結局コベントリーがチーム創立105年目にして初のタイトルを獲得することになった。サッカー人生最後の失点がオウンゴールとなったGKクレメンス。エリザベス女王から準優勝のメダルを授与されたときの物憂げな表情が実に印象的だった。

ホントはもっと紹介したい試合があるけど、本1冊書けちゃうくらいになるのでこの辺で。金子さん、ボクの青春時代に素晴らしい宝物を与えてくれて有り難うございました。どうか安らかに…。

さて、今回のMusic Timeはフレンチ・ポップス。脈略がなくて申し訳ないが、フランスかぶれの愛人Y子と最近会ってないから寂しくて、つい…(照) どの曲も未だにTVやCMでよく聞くよね。50年以上前の曲なのにすごいや。よかったら聴いてください。

Françoise Hardy “Comment Te Dire Adieu”

フランソワーズ・アルディの“さよならを教えて”。ユーミンの名曲“まちぶせ”はこの曲が元ネタ。

France Gall “Poupée De Cire,Poupée De Son”

フランス・ギャルの“夢見るシャンソン人形”。何が悲しいって、おふくろと同い年なんだよ…。

Vicky Leandro “L’amour Est Bleu”

ヴィッキー・レアンドロスの“恋は水色”。ポール・モーリアのアレンジ版が有名ですが、敬意を表して原曲の方を。

Marjorie Noel “Dans Le Même Wagon”

クリスマス生まれのパリジェンヌ、マージョリー・ノエルの“そよ風にのって”。なんとも心地いい爽快感溢れるフレンチポップ。

Jane Birkin “L’aquoiboniste”

エルメスの定番バッグの由来にもなったジェーン・バーキンの“無造作紳士”。バカボンとは言ってないよ(笑) 今年7月に他界。

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